思いやりいっぱい

曹洞宗管長さまのおことば(告諭)に以下の一文があります。「私たちの社会ではさまざまな分断が現出しています。感染症の拡がりにより人間関係のさらなる希薄化が進む中、いまこそ、一人ひとりが菩提心(ぼだいしん)を発し、人と人とのつながりを深めていかなければなりません 。お互いに手を携え、四摂法(ししょうぼう)の同事(どうじ)のおさとしを行じてまいりましょう。」と。
菩提心を発すとは、自分より先に一切の衆生を救いたいという願いをもち、行動をすることです。具体的には四つの行い(四摂法)があります。①布施②愛語③同事④利行。四つの中のひとつに同事が入っています。同事を一言で表せば、「思いやりいっぱい」です。
思いやりを持ち、身近に困難な状況にある人がいたならば、そって手を差し伸べていくそんな行動をしていきましょうと管長様は願っておられます。 他者に寄り添わないといけないのではく、寄り添わずにはいられない。ほっといてはいけないのではなく、ほっとけない。そのような気持ちが自然と芽生えるのが同事でありましょう。
昨年、息子の子ども園での運動発表会でのことです。年長さん全員でのリレー。あるお子さんが、後方のお子さんを待って、並んで一緒に次の子にバトンを渡しました。
その場が一瞬にして温かい空気に包まれました。なぜそのような行動をとったかはわかりません。その子なりに一生懸命、瞬時に考え「後の子を待とう」と判断したのでしょう。これこそが「同事」です。つまり相手のことを考え、思いやりを寄せる。このお子さんの行為から同事のあり様を感じさせていただきました。自他一如。自分も他人もひとつです。対立するものでも張り合うものでもありません。喜びも苦しみも悲しみも、共に分かち合い、他人事ではなく、我が事として受け止めていきたいと改めて感じさせてもらいました。

コロナ禍にあって誰が何時、感染するかもわかりません。同事がわかれば、感染した方々に誹謗中傷はできるはずありません。考えてみましょう。発熱、そして検査。それだけで当人は不安で不安で仕方ないでしょう。そこで感染がわかり、療養する。追い打ちをかけるように、誹謗中傷があったら、どんなにその人が苦しむか。その人の立場にたって考えると自ずとわかります。
日常で「ここでこれを言うと、これをするとこの人はどうなるだとうか、どう思うだろうか」をその人の立場で、思いやりいっぱいで考えてみましょう。私達一人ひとりの思いやりが温かい社会をつくるのではないでしょうか。